認知症についての研修でした。企画は面白く、わが社には小説家、南想子というペンネームの随筆家がおりまして、FM千里中央のラジオ番組に投稿しそれが、15分の短編の物語となり放送されました。それを題材として研修をしました。認知症のお父さんが徘徊したストリーです。この物語には実在の方がいました。丁度昨年の今頃にお亡くなりになった方で、もう一年経ったのですね。私も関わりがあった方です。
実の子供たちに殺されると、逃げ回っていました。丁度、ケアマネだった南想子さんが唯一の信頼のおける人となったので在宅生活が続けられました。お子さんたちは良い人でした。お母さんをずっと蔭で見守っていました。普通なら、できるような事ではありません。亡くなった後にグリーフケアといって、亡くなった人をしのぶ会と言うのでしょうか、分かち合いの場をセッテングしました。これやらないと兄弟もずっと後悔する、また、ケアマネも心のわだかまりが残ると考えました。兄弟とケアマネ、私とで分かち合いの場をもうけました。
その場で分かる真実もあり、お互いに良い場となりました。この方の人生の辻褄があっていきました。今朝、南想子ケアマネからメールが届き昨日の研修会の場でみんなと共有できたことがよかった、1年の供養ですね。とありました。研修で、こちらの思い込みの言葉が相手を傷つける、娘さんから「お母さんが子供に殺される、と言う事は親子関係よっぽど何かあったのですか?」と聞かれたことが一番辛かったという言葉を再び、噛みしめます。原因追及することが仕事ではありません。傍に寄り添うことが私たちの仕事です。初心へもどります。