認知症の方をお世話しているお嫁さんが、同居人の話をすると、いつまで・・・面倒見るの・・・婆ちゃん世話をしている自分と同じだと、言って下さりそうか、自分のうちに全く育ちも、性格も、生き方も合わない思春期18歳の子が来ているということはそういうことか・・・認知症の年寄りを抱えている・・・その嫁さんはニヤリと笑います。実感です。

話が続きません、私が帰る時間には寝ています。わけのわからんゲームして、調子が悪いと、一日家にいます、一日顔を見ない時が多いです。3か月半・・・私自身が限界。何もできない自分、どうしてよいかわかりません。自分の子なら、いろいろ自分で決められます。よそさまの子です。児相に限界のSOSしましたら、「そんな、置いてくれるだけでいい・・・」がビーン。その子を置いていて自分が罪悪感の塊になっているのにね。全く違う人と暮らすこと大変です。自分は離婚しています。性懲りもなく一緒に生活できないので離婚しているのに・・・あほなチャレンジでした。あほさ加減に笑いも出ません。

お客さん、未成年の娘さんの件でどうも誰かを叩いて障害罪(正統防衛の様)で家庭裁判所に親として呼ばれています。とても行ける身体でありません。調停委員に連絡をとりましたら、3枚の用紙に分かる範囲で生い立ちから、今までの生活を書いて郵送で結構ですとの返事、お客さんは脳出血の後遺症で書けません。私がいろいろ出生前の事から幼少の頃の話を聞きました。今、うちに来ている同居人たちとかぶる事がたくさんあります。

本当に子どもたちは生まれきたところが違えば生き方も違っていただろう・・・常にあるのはこの子たちには何も問題はないのです。問題はお・と・な・  それでも息が詰まり、自分の罪悪感の日々です。2つの偶然があり、私に何を分かれと言いたいのか・・・今知りたいのです。修行ですかね。