起こっている事の中に、空気感を感じます。終わりゆく人から出ている空気感というのでしょうか、それが伝播しているように感じます。例えば、神奈川県の座間市のニュースや韓国、北朝鮮の事、アメリカ大統領の事、流れているニュース、その中に引っかかっている人間をふと感じます。人としての判断基準が狂っているとしか考えられません。ニュースの世界が本当なら、ここで生きている現実は受け入れられないでしょう。人の苦しみがわからない人間となっています。

本来なら、人の苦しみ、痛みとひとつなのが人間です。自分勝手は許されません。自分もまだ、まだ、です。こうやって書くことは出来ますが、本当に人と、自分がひとつであるかと問うと大きな壁があります。日々起こっている事で、今の世を感じ、解決していくのが人間です。そうありたいです。

どういうご縁かわかりませんが、一緒にいること、一緒に働いています。共に働く事が出来ないなら、おのおの、違う所で人生やり直したらいいのです。ニュースの世界は人のしあわせを願えない人、自分の事、自国のことばかりで、人の命をないがしろする空気で満ちている今、自分から変えていきます。覚悟はできています。生きていることはこういう事。