村人が入院することになりました。病気ではないのです、入院する病院から、看護サマリーが欲しいといわれ急遽作ったような看護計画等です。しかし、いつ鼻から入れたチューブを交換した?と聞かれみな記憶がない、ひとりが、「代表のブログに書いてあった!」それから検索すると成程ありました。看護師しましたという題で書いていました。役立つブログです(大笑い)。資料はそろい、11月5日に晴れて入院することになりました。
またもやハチャメチャな一日です。夜行バスで帰阪し、今月の支払いへ銀行周り、村へ行き派遣会社の人と会い介護スタッフの派遣のお願い、電話工事の人は来ず、16時からは外国人労働者受け入れ業者の人と会い、17時は大塚商会の営業マンと会い、18時に会社を出て、朝バスを降りた大阪方面に19時に、大阪社会福祉協議会での介護職の職場体験の講義を聞き、来年度の初任者研修の段取りです。家へは21時半を過ぎて帰ってきました。
まあ、元気なことです。ありがたい身体ですが、ケアマネジャーとしての自分の仕事が進みません。そこがとほほほほ・・・予定では今日は急死した方と岐阜へ行く予定でした。何かのメッセージだと感じ、車いすに乗っているツレと一緒に2人で岐阜歴史博物館へ行って行きます。楽しみにしていた岐阜へ行きたいという希望があるのに亡くなるのはよほどの事と自分は考えます。何が行く手を遮ったのかわかりたいです。行けば分かるのではないかと考えます。十分注意して行ってきます。