早朝に書き込みをしてますので、昨日は朝からバタバタしてしまい、朝の看護学校の講義からはじまりその前に電話での調整に長引き、書き込みできませんでした。コロナとか罹っていませんから安心して下さい。今さっき、夜行バスで帰阪しました。マスクと消毒、しっかりしています。30人乗りのバスに4人しか乗っていないのです。経済効果を心配します。日本が破綻すると生きていくこと自体が大変になります。弱い所からやられていく年寄りが心配です。心配しても前に進まないのでただひたすら、やるのみです。

自分自身の身体の大きな変調もあり、この度の4日間連続の即興演奏家のいだきしんコンサート参加することに迷いました。いつもならコンサートの事を言わない、いだきしん先生が「来い。」とおっしゃらました。尋常ではないことがわかります。身体の内からかわっていく、空間を通して世界中が変わって行ける演奏です。普段、命の事、魂の事考えもしませんが、コンサートでは、身の内から出てきます。どう生きていったらいいのか・・・深いところに出会います。

4日目の昨日は、今まで生きてこれたことへの感謝があふれました。たくさんの助けがあり生かされている命を感じます。私は33歳の時におそらく亡くなっていたのです。両親は短命ですし、血筋は受けつがれます。怖くてしかたがなかったのですが、見ないふりをしていました。今もその傾向は残っています。偶然の出会いでいだきしん先生のグループカウンセリングに行くことができました。そこから人生変わったというより、いのち助かりました。奇跡の連続です。今、会社の経営をしていますが、これも天啓のように、株式会社いだきの社長である高麗恵子さんが10年前に京都に作った高麗ギャラリーカフェを見てびっくりしてこうしてはいられないと1か月後に株式会社かんのんを作りました。

私はいだきしん先生のお亡くなりになった奥様を看護した時期があります。大きな大学病院まで行ったのですが、原因不明で返されたのです。気管切開し人工呼吸器を付ける状態でした。その様の近くにいました。若い頃病院で白血病の高校生の女の子も思い出します。障害の子もそうです。誰かの犠牲の上に成り立っている世の中になっています。宗教は信じませんが、イエスキリストも皆の犠牲の上で十字架にかけられたと聞きました。こういう世の中では感受性の良い人は生きて行けない。未来の人に付けを残してはいけない気持ちがあります。自分がいいだけというのは一切ないです。誰と生きていくか、未来の人の為になるように最大限このいのち活かします。そういう気持ちなったコンサートです。