偶然にネットで、ナターシャ、グジーさんという歌い手さんを知りました。名前を見た途端にこの人ウクライナ人と分かりました。検索し大阪でコンサートがあることを知り、日程も合い昨日参加できました。バンドゥーラという楽器を奏でながらのソプラノの声の持ち主でした。透明感あふれるとても綺麗な声、それと自分で奏でる楽器とひとつでした。ウクライナの悲しみ、運命を秘めた声のように感じました。

大坂の歌声喫茶の主催で、満員の客席に、皆さんウクライナのことを案じていることがわかります。何かできることはないかと常に考えます。ナターシャさんは6歳でチェルノブイリ原発事故にあったそうです。お父さんが原発で働いていて、爆発した時の次の日も一日外で遊んでいた・・・被ばくして亡くなった知り合いはたくさんいて、友達は結婚して産まれた子にも障害があると言う話をしました。日本に来て20年。コンサート中には今起こってるウクライナの事や原発事故を自分がどう感じているか一切ありませんでした。事実を淡々と話していました。

言いたいこと、伝えたいことは山ほどあることでしょう。しかし、公共と言う場面と、このナターシャさんの事実を伝えるだけの言葉と音で深く考えることできます。キューイの鳥の声という歌、防人の詩、日本のふるさと・・・涙そうそう。。。心にしみりいります。分かるという世界です。同じ時代に生きている人間としてどう生きるかを常に考える5月のはじまりです。仕切りなおしてはじまります。