叔母が亡くなったと、デコポンが沢山入った荷物の中の手紙(手紙は診療明細書の裏紙)に書いてありました。今、わが社にはパレスチナの難民へ送る物資が全国津々浦々から山のように届いていまして、その中に生ものとしてありました。よくスタッフが気が付いたものだと思います。あわよくば、中東の地・・・そんなわけはありません。物資は通関をとおるので全部細かくチェックしています。本当に大変な作業です。みんなの気持ちが一つでないとなかなかできないです。200箱ですから・・・。

叔母からは、昨日亡くなった、叔父は叔母の葬式も戒名なし、懇意にしているお坊さんも呼ばず。。。叔父らしいです。香典は帰った時でいいので電話一本掛けてとありました。早速かけました。口調は相変わらずです、4年間介護したオムツ交換だけはできなかったけれど後は全部したとのことです。私たち兄弟の事聞いてくれます。頑固,変人・・・ですが根はやさしい人です。私が叔母と叔父の仲が悪いのを知っているので、○○おばちゃんと仲良くねというと変に笑っていました。どちらにせよ高齢者の身内はたった2人だけの田舎です。家族大事が一番。家族ですよ。

いろいろとみんなに支えられていることが分かった一日です。誰と生きていくか、支えているようで支えられていることの実感です。ここからスタートです。