こころ触れあうことをやっていく、という事が目的ではないのですが、結果がそういう事になって良かったという事があります。先日、ご利用者さんの用事で病院へ書類をもらうために行ったのです。受付カウンターの前の席に書類が出来上がるの待って座っていました。足の不自由な人が来て手続きの様子、私の座っている席に座るとあまり動かなくていいと感じたので、ここどうぞ・・・と立ちあがったのですが、その人はこっちでいいと少し遠い席に座りました。ちょっと怒ってるのかな?この席は病人が座る席に座って・・とか、今度からは少し遠い椅子にしょう・・・なんて考えていました。
丁度同じくらいに手続きが終わり病院の玄関を出たのです。そうしたらその足の不自由な人が私に「気持ちよく病院から出る事ができました。」と話してくれたのです。なんか恥ずかし、嬉しいような・・・というか気持ちは伝わっていたのです。言葉に出すことは大事です。
家族も同じような事があったようで、保育園児と公園にお散歩タイム、高齢者でちょっと体の不自由な人がいて、園児を見ていたようです。園長がその高齢の人に帰り際にお体気を付けて下さいと言っていた様子をみていた保育スタッフが感動し、この保育園で働けて良かったと言ってくれた、自分はそんな事言ったのも覚えていない・・・と照れていました。気を遣うおせっかいは相手にも迷惑ですが、気が付いた事を言葉にしていくこと、人は繋がっています。優しい気持ちは伝わり人にやさしくなります。その反対もあります。そしてその優しさを受け取れる自分でもありたいです。ひとり、ひとりが優しい気持ちでいることが、世の中が良くなる道につながる・・・・。

