奈良拘置所から新しい3冊の本が届きました。入っている人からのプレゼントです(笑)。まさか、桜の印の検印がついた手紙のやり取りをするなんて・・・文通は中学生の頃やっていたのを思い出します。今や用事はラインですから、便せんに書いて封をし、切手を貼って出す作業です。その人からの手紙が山のようにあります。自己表現、分かってほしい・・という気持ちですね。しかし、罪を反省する様子なし、拘置所の事や刑務所の様子を常に自慢げに書いてくるので、いいかげんちょっとネと言いいたい!けど言って直るのもないし、人の話聞いて直って(前科4犯)いるなら再犯やらないでしょう。社会と繋がっていたいと言う気持ちのようで、気長に付き合います。
人を変えるということは容易ではありません。もう少しこうしたらいいのに・・・という気持ちがありますが、それを言ったところで反発です。自分の関り方を変えると決めました。直接言う事は止めようと今努力中です。自分も相手もいつのまにかいい方向というのが理想です。それに向かいます。
やってあげてるという傲慢さが一番やっかいですね。子どもの支援と、介護を生業としています。子どもはそのまま、大人にやってと身体で表現します。高齢者はお願いする身体です。時には、遠慮しながら、自分を否定しながら介護者に身を委ねます。この違いはなんだろう? 昔、子どもだった頃を思い出す・・・・無理ですね(笑)。赤子の獲得していく身体と、高齢者の獲得していた物を失う身体の差でしょうか。もっと赤子のように自由になったらいいですね。

