ひとつの大きな山を越えたような体感もあります。知り合いというか、30年来のお付き合いをしている先輩の物忘れがひどくというか、大きく、ひどく・・・、いえ進んでという言葉が当てはまりますが、体験したのです。仕事上、認知症の人の付き合い方はよく分かっているのですが、いざ家族同様の人の物忘れ、出来ない事が増えている現状を目の前にし、うろたえている自分です。さりげなくはやりたいのです。料理が好きなのですが、作り方を忘れているようでした。卵焼きをして・・・とリクエストしたのですが、駄目だったようで、冷蔵庫の中の卵を3つ2人で取り出して、ゆで卵にして・・とリクエストを替えました。とてもじょうずなゆで卵ができたのです。黄みの絶妙な固まり具合です。とても上手で身体が覚えているねと2人で話しながら食べました。こういう関りが必要です。また、少しすると、違う関わり方をしていこうとは考えます。24時間一緒にいたのですが、家族はたいへんだと良き経験をさせてももらいました。同居の娘にはじめて労いの言葉を伝える事ができました。穏やかな人なので、2人で笑いあいながら、事故のないようにです。(お金の紛失、脱水等々・・・)

自分自身の性格も変えていかなければ、急にはやさしくできませんし、おっと、こういう出方があるのか・・・と相手が傷つかない言葉を使っていこうと考えます。好きで物忘れしているのではない、病気なのです。先ほど、8時にご利用者さんから電話あり、自分の方からかけて来たのに、何や?行くっていっていたやんか・・・という電話、とっさにごめん急な用事が出来たから行けないわ・・・と言うとそうか、ほなしかたないなぁと電話を切ってくれました。素直に納得してくださいました。また連絡してみます。何かのSOSかも知れないです。あらゆる安全を考えます。

自分がこの課題や問題なるものどうやっていくかのみかな・・・。懲らしめたり、人を動かそうとしないことです。自分がやりたいこと淡々とやていこうという空気感があります。